遊泳記

すきなこと、雑記、その他

人生と学校

日本の女性の平均寿命はだいたい80歳を超えるそうだ。

私はそんなに長生きするつもりはないけど、仮にそこまで生き延びてしまったら、学校という空間にいるのは人生のだいたい四分の一になる。

80年以上もある人生のなかで、たったの四分の一の期間なのに、どうしてこんなに辛くて、でも大切なんだろう。

私は生まれてからまだ20年しか経っていないから、ちょうど四分の一は使い切ったことになる。

当然まだ社会にも出ていないから私の思い出における背景はほとんどが学校のことになる。

とてもつらかったけど、思い返せば何か大きな要因があったわけでもない。その代わりに、楽しくなるような小さな要因もなかった。

 

今通っている大学を辞めることになった。

20年間生きてきて初めて学校というものから解放される。

ずっとずっと苦痛で仕方なかったはずなのに、いざ離れるとなるとこんなにも不安になる。

学校というのはある意味ひとつの逃げ場だったのかもしれない。

社会不適合者そのもののような生き方をしてきた私にとって、学校に行っているという事実だけが、社会と触れ合う、同年代の人間たちとのただ一つの共通点になっていたのかもしれないと、そう、今になって思う。

 

私は社会不適合者だ。辛いことからすぐに逃げ出そうとするし、たくさん言い訳もする。そのくせプライドだけは一丁前で、かっこ悪いことはしたくない。典型的なクズ。

そんな私が、学校という社会との接点を失ってしまったら、どうなってしまうんだろう。

実家に帰ればニートになるのは目に見えているから、絶対に実家には帰らない。

 

人生の四分の一は使い切ってしまったけど、まだ四分の三は残っている。

私はこれからの四分の三を、使い切ってしまった四分の一よりも丁寧に、大切に生きていかなければならない。

 

幸せに、なれるだろうか。